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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(行ツ)66号 判決

上告人

ノボ・インダストリー株式会社

右代表者

ケー・ハラス・メエラー

右訴訟代理人

福田彊

外三名

被上告人

公正取引委員会

右代表者委員長

高橋俊英

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人福田彊、同土谷伸一郎、同森尻光昭、同中川康生の上告理由について

本件記録によれば、本件は、デンマーク王国コペンハーゲン市に本店を置く上告会社とわが国の事業者である訴外天野製薬株式会社(以下「天野製薬」という。)との間に締結された「アルカラーゼ」と呼ばれるアルカリ性バクテリア蛋白分解酵素の継続的販売に関する契約(以下「本件契約」という。)の三条、四条及び一〇条後段において契約終了後の競争品の製造、販売及び取扱いの禁止を定めた部分が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)六条一項の規定に違反するとして、被上告委員会が、昭和四四年一二月一六日同法四八条一項の規定に基づき天野製薬に対し勧告を行い、その応諾を得たうえ、昭和四五年一月一二日同条三項の規定に基づき天野製薬に対してした右契約条項の削除を命ずる審決(以下「本件審決」という。)に対し、上告会社がその取消を求めて提起した訴訟である。原審は、本件審決は天野製薬に対し本件契約条項の削除を命じたものであつて、上告会社に対してされたものではなく、上告会社が本件審決によつて直ちにその権利又は法律上の利益に影響を受けることはないとの理由で、上告会社の原告適格ないし訴えの利益を否定し、本件訴えを不適法として却下した。

論旨は、上告会社は本件訴えにつき原告適格ないし訴えの利益を欠くとした原判決には、独禁法七七条及び行政事件訴訟法の解釈を誤つた違法がある、というにある。

ところで、独禁法四八条の定めるいわゆる勧告審決は、公正取引委員会が同法に違反する行為(以下「違反行為」という。)があると認めた場合において、正規の審判手続を開始するに先立ち、まず当該違反行為をしている者に対して右違反行為を排除するのに適当な措置(以下「排除措置」という。)を採るべきことを勧告し、その者がこれを応諾したときに、審判手続を経ることなく、勧告と同趣旨の排除措置を命ずる審決である。本来、排除措置は、審判手続を経由し、そこにおいて取り調べた証拠に基づいて違反行為の存在を確定したうえでされる審決(いわゆる審判審決)によつて命ずるのを原則とする(独禁法五四条一項参照)が、勧告審決の制度は、違反行為をした者がその自由な意思によつて勧告どおりの排除措置を実行する限りは、あえて審判手続を経て違反行為の存在を確定したうえで排除措置を命ずるまでもなく、法の目的を簡易、迅速に実現することができるとの見地から設けられたものである。それゆえ、正規の審判手続を経てされる審決が証拠による違反行為の認定を基礎とするものであるのに対し、勧告審決は、専らその名宛人の自由な意思に基づく勧告応諾の意思表示をその基礎とするものである。

右のような勧告審決の趣旨及び性質にかんがみるときは、右審決は、その名宛人に対する関係においては、それがその者の自由な意思による応諾に基づくものである限り、客観的な違反行為の存否及びこれに対する排除措置としての適否にかかわらず、適法有効な審決として拘束力を有するが、右名宛人以外の第三者に対する関係においては、右第三者を拘束するものでないことはもちろん、当該行為が違反行為であることを確定したり、右審決に基づくその名宛人の行為を正当化したりするなどの法律的な影響を及ぼすこともまたないものとして、独禁法上予定されているものと解するのが、相当である。したがつて、名宛人以外の第三者は、他に特段の事情のない限り、勧告審決によつてその権利又は法律上の利益を害されることはないものというべきである。

ところで、本件審決は、前記のとおり、天野製薬が被上告委員会の勧告を応諾したことに基づき、天野製薬に対して本件契約条項の一部削除を内容とする排除措置を命じたものであつて、上告会社に対してかかる排除措置を命じたものではない。それゆえ、上告会社は、右契約の一方の当事者ではあるが、本件審決の名宛人ではなく、前述のいわゆる審決の名宛人以外の第三者にすぎない。そうすると、上告会社は、特段の事情のない限り、本件審決によつてその権利又は法律上の利益を害されることはないものといわなければならない。論旨は、本件審決は、名目的には天野製薬に対して排除措置を命じたものであるが、実質的には、上告会社を違反行為をした者と認定したもので、上告会社に対して向けられたものであるというが、さきに述べたとおり、勧告審決においては、違反行為の認定は、審決の基礎をなすものではないし、まして、その名宛人以外の第三者に対する関係において違反行為の存在を確定する効果を有するものではないから、本件審決において上告会社を違反行為をした者と認定していても、これをもつて上告会社の権利又は法律上の利益の侵害があつたということはできない。論旨は、また、本件審決は、天野製薬に対し、刑罰その他の制裁をもつて本件契約中の天野製薬の上告会社に対する不作為義務を定めた条項の削除を迫つているものであるから、これによつて上告会社は右契約上の権利を侵害されるというが、勧告審決がその名宛人以外の第三者に対する関係において右審決に基づいてする名宛人の行為を正当化するものでないことは前述のとおりであり、また、天野製薬が本件審決に拘束されるとして本件契約条項の破棄ないし不履行の挙に出ることがあるとしても、天野製薬が右審決を受け、これに拘束されることになつたのは、天野製薬がその自由な意思によつて被上告委員会の勧告を応諾したことに基づくものであるから、右契約条項の破棄ないし不履行は、あくまでも天野製薬自身の意思による一方的な契約の破棄ないし債務不履行として評価されるべきものであつて、審決の強制によるものということはできない。なお、本件契約は、前記のとおり、デンマーク王国に本店を置く上告会社とわが国の事業者である天野製薬との間に締結されたいわゆる渉外的契約であるところ、本件記録中の契約書によれば、右契約の効力の準拠法としてはデンマーク法が指定されていることが認められるが、デンマーク法上特に本件審決によつて上告会社が右契約上の権利を侵害されたことについては、上告会社の主張はなく、本件記録上にあらわれた資料によつてもこれを認めることができない。したがつて、いまだ本件審決によつて上告会社が本件契約上の権利を侵害されたものと認めることはできないから右論旨も理由がない。論旨は、更に、本件審決によつて上告会社はその名誉を毀損されたというが、右論旨が理由のないことは、原判示のとおりである。そして、他に本件審決によつて上告会社の権利又は法律上の利益の侵害があつたことを肯定すべき特段の事情は見当たらない。

そして、かように、本件審決によつてその権利又は法律上の利益の侵害があると認められない以上、上告会社は、本件審決の取消しを訴求する原告適格を有しないものというべく、本件審決の名宛人である天野製薬が違反行為の存否や排除措置の適否を争つて本件審決の取消しを求めることが許されないからといつて、そのことから直ちに、本件審決によつて格別自己の権利又は法律上の利益を侵害されることのない上告会社に本件審決の取消しを訴求する原告適格を肯定することはできない。してみれば、上告会社は本件審決取消しの訴えにつき原告適格を有しないとした原審の結論は正当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄 高辻正己)

上告代理人福田彊、同土谷伸一郎、同森尻光昭、同中川康生の上告理由

原判決が上告人の求めた「被上告人(被告)が昭和四五年一月一二日天野製薬株式会社に対し、私的独占禁止法第四八条第三項の規定によりなした審決はこれを取消す訴訟費用は被上告人(被告)の負担とする。」との訴を却下せられた理由は上告人が右審決の取消を求めるにつき法律上の利益を有さず、従つて当事者適格ないし訴の利益を欠くとのことでありました。

しかしながら右判決は私的独占禁止法第七七条、行政事件訴訟法第九条を誤つて解釈したものでありかかる法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであります。

一、原裁判所は原判決理由二、にある如く「よつて、おもうに、本件訴えにつき原告の当事者適格ないし訴の利益を有するものは、本件審決の被審人のほか同審決の取消を求めるにつき法律上の利益を有するものに限られるところ本件審決は天野製薬を独禁法にいう被審人としてなされたものであつて、原告に対してなされたものではなく、原告は、本件審決によつて、直ちにその権利または法律関係に影響を受けるものということはできない。」と判示されました。

しかし右が不合理であること直ちに明らかであります。

右解釈によると本件審決の如き勧告審決の場合その適否を争つて出訴し得るものはなく従つてかかる審決の正当性を保持する方法はなく公共の利益にも影響する処大であります。

右は米国においても勧告(ないし同意)審決の詐欺による取得とかかる審決の効力として大きな問題となつている処であります。

右判決において「本件訴えにつき原告の当事者適格ないし訴の利益を有する者は、本件審決の被審人のほか同審決の取消を求めるにつき法律上の利益を有するものに限られるところ」とありますが本件の如く勧告審決についてはその前提に被審人の同意がありもつぱら当事者の意志を前提としての処分でありますから違反事実の存否や排除措置の適否を理由に勧告を応諾した被審人がその取消を求め得ないこと申すまでもありません。

本件上告人の如く削除を命ぜられた条項を含む契約の他方当事者ですら審決の取消を求めるにつき法律上の利益がないというのであればかかる勧告審決をチェックする人はなく又その方法もないことになります。かかる解釈が正しくないことはそれ自体で明らかであります。

二、原裁判所は又右判決理由二、の1、において「独禁法第六条第一項は、不公正な取引方法に該当する事項を内容とする国際的協定または国際的契約をすること自体を禁止するものである処、被告は、同法第七条にもとづき、前記契約中に定められた、契約終了後の競争品の製造、販売および取扱の禁止に関する事項を、不公正な取引方法に該当するものとして――わが国の公正な競争を阻害するものとして――契約の一方当事者である国内事業者天野製薬に対して、審決により、その削除を命じたもであつて、その他方当事者である外国事業者の原告に対してさような排除措置を命じたものでないことは、いうをまたない。」と判示せられました。

右において「契約の一方当事者である国内事業者の天野製薬に対して、審決により、その削除を命じたものであつて、その他方当事者である外国事業者の原告に対してさような排除措置を命じたものでない」とあります。

右が審決の被審人は天野製薬のみで上告人は入つていないというのであれば審決書自体で明らかでありますが他方同審決は天野製薬を被審人とはするものの上告人をその認定している不公正な取引方法なるものの行為者としてとらえていることも右審決書自体において明らかであります。即ち本件審決による排除措置は名目的には天野製薬にむけられているものの実質的には上告人にむけられているものであります。原審においてのべた如く天野製薬は被上告人の勧告を已むなく受諾したものではなく上告人により契約終了の通知(昭和四三年一二月)を受けた後その契約に基づく義務の履行を免れるため翌昭和四四年(契約は昭和四一年六月)本件契約を被上告人に届出、被上告人の勧告を求めないしは被上告人が勧告を出すようにし向け勧告をもつて上告人との契約不履行の口実としようとしたのであります。(勧告は昭和四四年一二月一六日)

右は独禁法第六条第一項の趣旨が「不公正な取引方法に該当する事項を内容とする国際的協定または国際的契約をすること自体を禁止するものである」としてもかわりないのであります。

なお右契約が契約時(昭和四一年六月)又は勧告時(昭和四四年一二月一六日)「わが国の公正な競争を阻害するもの」であり得ないことは上告人が原審において述べた処であります。(昭和四五年一〇月一日付原告第三回準備書面(三)項)

三、右判決理由の二、の2、には「そして、ほんらい、右排除措置は、受命者に、その内容に応ずべき公法上の義務を負わしめ、刑事上ないし秩序保持上の制裁(独禁法第九〇条、第九七条――なお後記――参照)をもつてその履行を確保するものである。従つて、それは、同法所定の目的を達成するためのいわば行政的手段にほかならず、その対象とされた行為等の私法上の効果を直接左右する効力を有しうるものではない。」とあります。

右に明らかな如く本件について言うならば被上告人は天野製薬に対し刑事上ないし秩序保持上の制裁をもつて天野製薬が上告人に対し負担している不作為義務条項の削除をせまつているのでありますから「……いわば行政的手段にほかならずその対象とされた行為等の私法上の効果を直接左右する効力を有しうるものではない。」と簡単に片付けられるものではありません。

右が上告人の天野に対する債権の侵害であること又その侵害が被上告人の故意によるものであること明白であり被上告人は本来右侵害につき上告人より損害賠償のみならず妨害排除請求を受けることともなるのであります。

四、右判決理由の二、の3、には「してみると、原告が、本件審決により、天野との契約上の権利を害されたり、その名誉や信用が毀損されることにはならない(けだし被審人でない原告が本件審決によりその名誉等を毀損されるものとは考え難い。)。

よし、原告が、これにより、なんらかの不利益を受けるとしても、それは天野に対してなされた本件審決によつて受けるいわば事実的反射的影響という域を出でない。」

前述した処によつても上告人は本件審決により天野との契約上の権利を害されることは明らかであり、又例え本件審決においてその被審人とせられていないとしても同審決において本件契約条項は不公正な取引方法に該当すると認定されたものであり不公正な取引方法の差止命令違反は懲役並に罰金の刑に処せられることをも考えあわせるとかかる不公正な取引方法の行為者として対外的に発表せられるならばかく断ぜられた会社の名誉が毀損せられることは当然であります。

かかる不利益は単なる事実的反射的影響に止まらないことはむしろ当然で上告人を断固規制するものとして本件審決を行つた被上告人の措置により上告人が受ける不利益は事実的反射的なものにすぎないということ自体実に奇怪と申さねばなりません。

以上の如くであり上告人が本件訴につき法律上の利益を有すること明らかであり従つてかかる上告人の訴を上告人の当事者適格ないし訴の利益を欠くものとして却下した原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の背違あること多言を要しない処であります。

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